そのおいしいケバブ屋の主人に映画に誘われた。その店で時々主人に頭を引っ叩かれながらも甲斐甲斐しく働いている子供=デッチたちも連れて行ってもらえるとあって、皆、大喜びでした。何しろ映画は山の町では大きな娯楽のひとつです。自分には断る理由もないし、パキスタン映画にも興味があったので喜んで行く事にしました。
ある日の夕方、約束の時間にお店へ行くと、主人は「おお!ジャパニ、来たか!」と言って、デッチたちと一緒に店を出ました。すると、彼はやおら僕の片手を握り出したのです。意味が分らずやや呆然と、彼に手を握られたまま二人並んで通りを歩き映画館へ。当時は男性と(女性とも)手を繋いで歩くと言う行為は僕にはほとんど経験は無く、けっこう恥ずかしい気がしましたが、デッチたちも別段気にする様子は無く、通りの人々も視線を投げては来るけどそれは手を繋いでいることに対してではなく、地元民とジャパニが何やら親しげに歩いていることに少し興味がある、と言う感じのものだった。
そう、パキスタンでは(パキスタンだけと言う訳でもない)男性同士手を繋ぐのは、仲の良い友達がするごく自然な行為なのでした。別にゲイでは無かったのです。つまり、彼は、遠い国から来てくれた素直なジャパニ(?)とこうして親しく友達になって、映画を見に行く事に多少の優越感があったのかもしれないし、それを地元の人々に見せびらかしたいと言う気持ちも少しはあったのかも。もしくは、そんな俗的な考えでは無くただ純粋に異国の若者に対して親切にしてくれただけだったのかもしれない。彼の言動からはどちらかと言えば後者のニュアンスのほうがより自然な気がした。
まあ、とにかく、この国の面白い習慣を体験できたことは喜ばしい事だ。ちなみにパキスタン映画のほうは、言葉がウルドゥー語だし字幕なんかある訳ないので、しかも恐ろしく長い映画(インド映画なども同様、平気で4時間くらい上映する)だったため、お世辞にも楽しい映画とは言えなかったが、ケバブ屋の彼にカラコルムの町で映画を観させて貰ったことだけでもこんな幸せな事は無いでしょう。
パキスタン人は一般に、バカが付くくらい親切だ。親切を通りこしてウットオシイと感じてしまうこともあるくらいだ。イスラマバードやラワルピンディなどの大都市でも、こっちが困っているそぶりを見せようものなら(或いはそんなそぶりが無くても)、「ようし、わかった。俺に任せろ。一緒にそこまで行こうじゃないか。じゃあ、俺の家に来てお茶を飲もう。腹が減ったな?晩飯を食べて行けよ。」ということに普通になる。「明日もおいでよ。散歩をしようじゃないか。」とか、「俺の友達も呼んでおくから、みんなで卓球でもしよう。」とか、そういうことに普通になる。僕は何度こういう親切に出会ったか分らない。そんな中で一度だって騙されたり、盗まれたりしたことも無い。